植草一秀氏を応援します!写真の無断転載厳禁


by yuutama1
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無題

コメントで頂いた、人生の終わりに、どうやって自分を納得させるのだろうか?
というコメントがすごく気になったので書きます。
もし、嘘をついたりして、人を罪に陥れたり、自分の為に無実の人を罪人に
したりという事をしたなら、
本当に最後死ぬときにそのひとはどう思って死ぬのだろうかと思いますね。
なんとも思わないのかなぁ。どうやって自分を納得させるとか考えるかなぁ。

裁判官などは精神的にとても大変な仕事だとは思います。
自分の判決で人の人生を変えてしまう事になるのだから。
だからこそ精一杯のできるだけの審理をして、有罪無罪を決めて欲しい。
痴漢冤罪事件でよく聞くような、被告人の主張を全く聞かない状態の裁判官などは、
どう思ってやっているのだろうか。
その重大な責任をどう考えて裁判官をしているのだろうか。

植草氏の事件では、多くの方が無罪判決を出すべきだったと言っています。
素人目にも判決に対して疑問が多く残っているのです。
立証不十分で当然無罪。それ以前に植草氏は無実ですが。
それどころか、警察の杜撰さがもっと指摘されてもいいはず。
あんな何もかもにいい加減で高慢で杜撰な警察体質が明らかになっているのだから、
本来なら、裁判官はそこを指摘すべきだ。

前にも書いたけれど、毎日の仕事となって麻痺してしまっている裁判官には
100の事件の中の1つに思えるかもしれません。
でもその人にとっては人生の100分の100なのです。
やっていなくても、認めろという事を平気で言う警察官もそう。
嘘の報道を平気で訂正もしないマスコミもそう。
植草氏の言葉を少し引用して言うなら、
『人間の尊厳』の部分を傷つけた事をなんとも思わないのだろうか。
自分が反対の立場だったらと置き換えて考えて欲しい。
こんな辛いことはないでしょう。

神様も仏様も見たことはありませんが、
私はそういう存在は確かにあって全てを見ていると考えています。
どんな被害を受けようと前向きに努力する人の事を
神様のような存在は応援すると思うんですよね。
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by yuutama1 | 2005-08-26 11:11 | 植草一秀氏